November 8, 2009
BSビデオ問題 [編集]  
  詳細は「TBSビデオ問題」を参照  
   
  1989年10月26日に東京放送(TBS)のテレビワイドショー番組『3時にあいましょう』が、  
  当時社会問題化し始めていたオウム真理教問題について、坂本堤のインタビューを収録したが、  
  その情報を察知したオウム真理教幹部らが、TBSの千代田分室を訪れて抗議したことにより、  
  坂本のインタビューの放送が中止された。さらに、TBSがオウム真理教幹部にインタビューの模様を放送直前に見せた。  
  この後、同年11月4日に坂本弁護士一家殺害事件が発生した。  
  こういった経緯から、TBSは取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反しただけでなく、殺人事件のきっかけをつくり、  
  失踪後もビデオをオウム真理教に見せたことを警察や弁護士会に伝えずにオウム真理教をかばい続けたという批判もなされた。

個人的には、こういう話題の巻き上げ方というのは「私の言うことはこれこれであるがゆえに正しい」と常に断定して議論をリードできる女性のポジションを勝間女史がきっちり確保したからできるのだろうと思う。というか、論拠はオカルトか極近しい自分の周辺での出来事かの違いはあるが、細木数子がメディア的に占めてきた椅子を勝間和代女史が座った形じゃないかと。

池田信夫氏がいうような、いまが「勝間和代バブル」と題されるべきものなのかは分からない。ただ、議論の方向性は何となく見える。社会が安定感を失い閉塞した状況になると、新興宗教やファシストが跋扈するシチュエーションと比するべきなのか、むしろ勝間和代女史の言うようにいまこそ自立した個人による成熟した社会を目指すスタイルが好ましいと考えるべきなのかは議論が分かれる。

ただ、勝間女史は堀江貴文と同じように、世論で風を作る力は兼ね備えているように見えるんだよね。あれだけ派手に議論ができている間は、まだまだ飽きられないだろう。いろんな意味で、引き続き注目していきたいと思います。

細木数子化する勝間和代 ~勝間和代バブルの解題: 切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man’s Blog

相変わらず良くネットを見ていて、マトメ方が上手。なるほど、細木数子化ね。

(via kashino) (via pdl2h) (via yaruo) (via mitaimon) (via furoneko)

客室乗務員は、東洋系の顔をしていても、日本語をまったく理解しない人が目立ちます。日本人は人件費が高いので、アジア系の女性を採用しているのでしょうが、日本人旅行客には、「日航なら間違いなく日本語が通じる」という理由で、日航を使っている人もいるだろうに。
隣に座っていた熟年女性など、日本人にしか見えない東洋系の顔をした可愛いお姉ちゃんに、日本語でものを尋ねて、英語で返答(「私、日本語解りませんので、日本人乗務員を呼んで参ります」)されて、唖然。
これなら、米系航空会社の方が、一目見て、誰が日本語通じそうかわかるだけ、まだしも親切というものです。

そのあとやってきた日本人乗務員の対応もすごかったです。
この女性の質問内容が、メキシコの入国カードに関する非常に基本的なことだったのですが、
「私はカナダまでの乗務ですので、わかりかねます。カナダで乗務員が交代しますので、そちらにお訊きください」

と、まあ、こういう返答が、気持ち悪いほどの満面の作り笑いでなされるわけですね。

ちなみに、この熟年女性は、レアな乗り継ぎ先のことを聞いていたのではなく、そもそも、JALはこの便(JL012)を「成田メキシコ直行便(バンクーバー経由)」として販売しているのですが。

てか、これらすべて、根本的に、経営再建とか経費削減とかサービスの意味をはき違えているだろうよ。
この会社は本当に勘違いしている、と、ほんとに身にしみて感じたところでした。

降りるときのアナウンスに、
「当社のことでご心配をおかけしていますが、これからも日本航空は頑張って参ります」
とか言っていたけれど、激安でもないのに、これだけ「貧乏」「落ち目」「利用客軽視」「慇懃無礼」オーラをふりまいていたら、
「頑張るって、何を頑張るんだ? いっぺん、経営破綻して勉強し直せよ」
と誰だって思うでしょう。

少なくとも、メキシコ線が廃止されるのであれば、もうJALに乗ることもないでしょうが、廃止のニュースを聞かなくても、できれば乗りたくないものだと客に思わせるナショナルフラッグって……。

その勝間和代女史が、国家戦略室で「デフレを止めろ」的なことを言ったのを知った池田信夫氏が、嫉妬を爆発させて面白エントリーをアップしたりして波紋が広がっている。

国家戦略室への提言「まず、デフレを止めよう~若年失業と財政再建の問題解決に向けて」
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2009/11/post-288b.html
まず、デフレを止めよう
http://www.katsumaweb.com/market_eye_mtg.pdf
勝間和代氏のためのマクロ経済学入門
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51307531.html

 政権の人気取りと、やることの少ない国家戦略局が仕事してますよアピールを兼ねてマスコミネタになる仕掛けをしたに過ぎないと思うのだが、そういう瑣末な餌でいちいち釣り上げられる池田信夫氏も素敵だし、釣られ方も入れ食い式でウケる。ある特定の学派に則った議論を財政担当大臣にレクったとかならともかく、菅直人さんに言いに逝っただけなのだから放置しておけばいいのに。固定相場を導入しようとか、政策論としてはいいけど菅直人に言ってどうすんだよという内容で勝間女史も手づかみでクソを投げたわけだから、それに対する池田氏のあるべき態度は「何でクソを投げてるの?」と怒ることではないような気もするのだが。

 勝間和代バブルは潰すべき、という話のようで、池田信夫氏がどこまで本気で書いているのかも分からんところだけど、個人的には凄まじい暴言大会がネット上で繰り広げられ双方クソまみれに発展した挙句衆人環視の中で共倒れ希望です。

『美人論』の井上章一による美人とそうでない人の研究。

著者は、外国人に日本の政治や社会を批判されても反感がおこらないが、日本の女はぶさいくだと言われれば立腹してしまう自分に気がついたという。「日本の政治や社会は、すこし愛していない。ああ、おれが心から愛しているのは、日本の女だったのか」。美人をめぐる社会学の論考集である。

著者は相変わらず美人の変遷を追いかけている。ここでは古墳時代から中世まで遡って考えたとき「高松塚美人も樹下美人も、みな下ぶくれにえがかれている。源氏物語絵巻も、その点はかわらない。みな、おむすび顔になっている。だが、どうだろう。あんな顔面をもった人間は、ほんとうにいたのだろうか。」と問題提起する。

そして絵画類から美人史を復元する試みは、「セーラームーン」の絵を見て20世紀には顔の二割を占めるような大きい目が美人の条件だったとするのと同じだと指摘している。写実的でない絵画からは、こういう図柄が美人を表すという約束が読み取れるに過ぎない。下ぶくれ美人なんていなかったかもしれないのである。青銅器は出来たばかりは黄金に輝いていたという事実を知ったのと似た驚きがあった。

和紙を漉くときに使うすのこがあって、それを作るための鉋(カンナ)があるらしいのです。

で、この鉋が今ぜんぜん流通していないと。

そこで永さんが捜し歩いたそうなんですね。でも全国探してどこにもない。

そんなある時、京都の錦小路にある刃物屋さんにふらっと入って

「紙漉きに使う刃物はありませんか」

と聞いたそうなんです。

するとお店の人が「裏へ回ってください」って。

そこで促されるままに行ってみたら、なんと何年も探していた鉋が、荒縄で縛って何十枚って置いてあるんです。

昔これを持っていた職人が「いつか誰かが探しに来るから、そのときに分けてやって。つくれるのはもう俺しかいないから」って言って、置いていったって。「何十年もそのままにしておいて、そしてあなたがきょう探しに来た」って。

今日本で和紙が漉けているのは、その職人のおかげなの
鳥肌立ちましたねえ。なんてカッコよい職人さんで、なんてカッコよい話なんだろうって。